WordBench は9月23日に10周年をむかえると同時に、その歴史に幕を引きます。実は、僕は最初に WordBench を始めた人間で、10年間運営に携わり、また今回のサービス終了を提言した当事者でもあります。僕がどういう経緯で WordBench を立ち上げ、何を考えて運営してきて、今回なぜ終わらせなければならなかったのか、そういったことを書き留めておくことも、もしかしたら後々誰かの役にたつかもしれないと思い、久しぶりにブログらしいことをやってみようと思います。
10年前、僕は東京の八王子というところに住んでいました。起業して立ち上げた事業がうまくいかず、その年逃げるようにして故郷の福岡に戻りました。その当時、東京では WordPress のユーザーコミュニティがすでにあり、今ほど頻繁でも大規模でもなかったですが、同好の仲間と交流することは純粋に楽しかったのです。福岡でも WordPress 仲間との交流を続けられたら、そんな思いが WordBench を立ち上げることになるきっかけでした。
当時、BuddyPress のようなソーシャルネットワークの基盤を提供する便利な仕組みはなく(あったかもしれませんが出来たばかりの不安定な時期です)、最初期の WordBench は Google Groups のメーリングリストを介したつながりでした。オフラインのイベントを開催することは念頭になく、とにかく会ったことのない WordPress 仲間と知り合う場が欲しい、と考えていました。しばらく後のことですが、WordBench がイベントの名称として認知されている、ということに気づいた時には違和感を覚えました。
WordBench の公開は2008年9月23日、日本で最初の WordCamp が東京で開催されたときの僕のプレゼンの最後のおまけページでささやかに行われました。ちなみに、その3日前まで、名前は “WordBench” ではなく “WordPants” で行こうとしていました。WordPants — 頭文字は WordPress と同じく WP、文字数も同じく9文字で、W で始まり s で終わるところまで同じ。WordCamp とは語感も近い。我ながら素晴らしい命名です。シマシマ模様のトランクスを上下逆さにして W の文字に見立てたロゴまで考えていたのですが、変な道徳心が邪魔して残念ながら直前のお蔵入りとなりました(なお、そのとき取得した wordpants.org のドメインは今でも持っています)。
公開直後は大した反響もなかった WordBench ですが、それからじわじわと拡がりを見せるようになり、開始から3年が経過した頃には登録ユーザー数が1,000名を超え、WordBench の地域コミュニティを母体として WordCamp のような規模の大きいイベントが運営されるというような、当初想定していなかった状況が立ち現れるようになってきました。ここに至って、立ち上げた当時のまま個人的なプロジェクトとして WordBench の運営を続けることに無理が生じていると判断して、第一回目の改革を行いました。
このとき考えたのは、公共の器としての WordBench を支えるのにふさわしい運営体制に変えるにはどうしたらいいか、ということです。僕の決断は、WordPress 日本語公式サイト運営チームによる共同運営に移行するというものでした。なぜこのチームかというと、このチームの面々は、WordPress コミュニティの利益を最優先に考えて行動するという点において、100% 信頼できると僕は確信しているからです。私益を差し挟もうとする人間は一人もいません。僕はよく知っています。
WordBench はコミュニティであり、コミュニティはみんなのものだ、という意見があります。それは紛れもない正真正銘の真実です。とはいえ、では「みんな」とは誰なのだ、と問われたら、それぞれ違う答えを返すのではないでしょうか。WordBench のコミュニティとは、イベントを運営したりイベントに参加したりする人たちだけが含まれるものではありません。コミュニティのために何かを決定しないといけないときには、その場にいない人や、声を上げない人の立場をも思いやって公正に進めなければなりません。詭弁と思われようとも、これが WordBench の運営において貫いてきた信念です。コミュニティの利益とは、声の大きな一部の人たちの欲求を満足させてあげることではないのです。
金融規制法案を作ろうというときに、金融機関の関係者から意見を募るということはあるかもしれませんが、銀行の頭取を集めてそこで法案を作らせる、なんてことはしないでしょう。そんなことをすれば彼らの都合の良いように法律が捻じ曲げられ骨抜きにされるのがオチなのはわかりきったことです。コミュニティのなかでのルールを決めなければならないとき、コミュニティの「みんな」の意見を集約して決めるべきだ、というのは、安易で現実的でない発想だと僕は思います。そこで意見を通すのが結局一部の声の大きな人たちだけでしかなく、声を上げない人たちを含んだコミュニティ全体の利益が二の次にされてしまうなら、民主的に聞こえる手続きから一部の人たちの私益に偏った不公正な結果が生まれることになります。
行動規範を作った経緯については、正直もう忘れ去りたい気分ですが、後の世の人のためにがんばって少し書きます。さらに年月が過ぎ、WordBench はさらに大きくなりました。大きくなったコミュニティの常ですが、営利的な目的で関与しようとする人や、真意はどうあれ他のメンバーを傷つける行動をする人が出てくるなど、明らかにコミュニティの利益を損なう問題が多発していました。それらの問題を放置すればいずれ崩壊するのが目に見えていました。行動規範を作るのが遅すぎたぐらいなんです。
それから、罰則規定なんてものもできればない方がよかったと僕も思います。みんな大人なんだから、自律できるでしょ、と、そう思ってましたし、実際、何年か前 WordPress コミュニティ運営イベントの原則という文書の作成に関わったときも、罰則のあるルール然としたものにするべきじゃないと考えて、そう書きました。行動規範に罰則規定を盛り込んだ後も、こんなものは実際には適用しないで済むようにしたいと、運営チームの議論ではそう言い交わしていました。
今となってはこんなことくどくど書いても不毛なだけですが、行動規範への反応を見て WordBench がすでに回復不能なほどに壊れていることを悟りサービス終了する決心がついたのですから、本当に今思い出しても吐き気がしてきますが結果的にはあれでよかったのだと思います。
9月23日のサービス終了は運営チームとしての決定ですが言い出したのは僕ですし九割九分僕に責任があります。身勝手だと思うかもしれませんが、これ以上酷くなる WordBench は見たくありませんし、ダラダラと延命させても関わる人が不幸になるだけです。終えることを敢行できるのはそれを始めた人間ぐらいのもの、だから僕がやりました。文句があるなら聞きます。残念ですか? 僕も残念ですよ。とても悲しいです。でもこれがコミュニティにとって最善の選択肢だと信じています。
WordBench.org のウェブサイトがなくなっても WordBench という名前だけは残して欲しい、今後も使い続けたい、という意見があります。それだけ WordBench に愛着があったということなのだとしたら、そういう風に思ってもらえて僕もうれしく思います。思いますけど、でも、もう WordBench を終わりにしましょう。お願いします。中途半端な終わり方をするのが一番良くありません。
WordBench.org のウェブサイトがあった間はとりあえずそれが WordBench という名前の使用実績の証明になりましたが、それがなくなったとき、WordBench の名前は完全に誰からのコントロールも受けない存在になります。そうなった後も WordBench という名前を自由に利用していいですよ、となったとしたら、善意の利用者だけがそれを利用する保証がどこにあるでしょうか。あからさまに私的な営利のための利用や、もっとひどいことに使われるかもしれない。あなたにとってそれは許容できることなのでしょうか。僕には死ぬよりもっとつらいことです。
とはいうものの、WordPress ファウンデーションがそうしているように WordBench の商標を登録しているわけでもない以上、僕や運営チームから WordBench の名前の使用を禁止する、などということが言えるはずもありません。だから本当に、後生ですからお願いします。あなたにとって WordBench が大切なものであったなら、どうか恥ずかしくない最後を与えてやってください。あなたの思い出の中で WordBench が素晴らしいものであり続けるなら、もうそれで十分じゃないですか。
コミュニティはすべての参加者を包含するもので、それにはこれから入ってくる未来の参加者も含まれると僕は考えています。2028年に WordPress コミュニティに参加する若いユーザーの視点で考えてみてください。「なんでじいさんたち、WordBench なんて変な名前つけたの? 要らなくない?」そんなこと聞かれた時にどう答えますか。そんな世代間対立なんて僕見たくないですよ。
3 replies on “WordBench の10年”
[…] でも、その後に公開されたWordBenchを始めた三好さんのブログを読んで、もう終わっていいのかなって思いました。 […]
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